妻の実家を売却する際、仏壇と仏様をどうするか?という問題が発生しました。相続に関与する誰もが引き取らないので、お寺さんに引き取ってもらおうか?という話にまとまりかけていました。ただ何となく妻はスッキリしない顔をしていたので、理由を聞いてみました。
妻が言うには「今まで祖父母・両親が手を合わせて、さまざまなお願いをしてきた仏様と別れるのは、ちょっとスッキリしない、との感覚が残る」と言うのです。そんなに気になるなら「うちに引き取れば良いのでは?」と提案してみました。
私にとっては、ハッキリ言って、何の思い入れもない仏様だけど、これも何かの縁だし、「来るもの拒まず、去るもの追わず」が信条なので軽い気持ちで投げかけてみました。
結果、仏壇は古くて壊れているのでお寺さんに処分してもらう事になりましたが、中に祀られていた小さな仏様は我が家に来てもらうこととなりました。
いよいよ家に来てもらい棚に小さな仏像だけ置いてみると、何と無く寂しいのです。せっかく来てもらったのだから、せめて小さな仏壇だけでも用意してみようと思い、ネットで小さな仏壇を購入しました。仏壇が届き仏様を置いてみると、引っ越しして何も家財のない家に、ひとりぼっちで居るような感じになり、小さな仏花の飾りを、またもやネットで購入しました。

ここまですると、罰当たりな言い方かもしれませんが、小さな仏様に親しみを覚えるようになってきました。もともと信仰心のかけらもない私なので、これまた大変失礼なのかもしれませんが、この仏像を親しみを込めて「ほとちゃん」と呼ぶ事にしました。仏様なので、「ほとちゃん」です。
「ほとちゃん」を我が家に迎えてから半年ほど経った今、ふっと気がつくと、朝夕、仏壇の扉を開け閉めする際に無意識に手を合わせている自分がいました。
朝は、「今日一日、平和で素敵な1日になりますよう、よろしくお願いします!」と
夜は「今日も一日、無事に楽しく過ごせて、」ありがとうございました!」と
知らない間に、感謝を伝えている自分の姿に、我ながら驚いています。